カルチャーショック

リオデジャネイロ
(リオデジャネイロ-ゴルゴダの丘より 正面の砂糖パン山(パゥン・デ・アスッカル)には国内線の飛行機が良くぶつかる。離陸には技術がいる国内線の飛行場は左側に見える。離陸してボヤボヤしていると正面の山にぶつかるのである。)

ブラジル。南米で唯一の宗主国がポルトガルだったため、ポルトガル語が公用語だ。激しいインフレと対照的に陽気さが溢れる街である。

私が人生の中で、初めてカルチャーショックというものを受けたのは、ここ、ブラジルが初めてだった。何がそんなにショックだったというのではなく、今までの人生の中で、「こんな世界があったのか」というショックである。

ブラジルの人は陽気である。明日の仕事がない人、寝る場所がない人もとにかく陽気である。いわゆるラテン系の『のり』というものを味わったのである。それは、日常のかしこに見られるのである。悲しい時は泣き、嬉しい時は踊りだす。素直な感情表現に感銘を受けたのである。

とかく、日本人の美徳のひとつとして、「感情を表に出さない」という事がある。私も「日本人だな」と思うのは感情表現をとにかく出さないので、ブラジル人を羨ましくさえ思う。明日の糧も定まらないままでも陽気に今を生きてる姿は、見る人によれば「どうしようもない人」かもしれないが、私からみると貴重な人達である。

日本人は計画的に人生を生きてる人が多いと思う。それは大なり小なり不満を抱えながら、感情を押し殺し、みんな「我慢」して生きてるのである。それが日本の強さであり、良さでもあるのだが、それは『枠』を超えられないということも意味するのである。日本が中々、「型破り」の人物を輩出できないのは、こういった理由からであろう。

皆が皆、日本人がブラジル人のようになったら、日本の社会は機能しないであろうが、この「のり」が分かる日本人が、遊び心を持って仕事に取り組めば、また新たな一歩が踏めるだろうと思うこの頃である。


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